重太郎(JUTARO)のしずおか鋳物は
ひとつひとつ丁寧に、
手作りで仕上げています。
「重太郎」は静岡で130年以上続く、
老舗の鋳物屋から生まれました。
壊れにくく、使い込むほどに馴染んでくる鋳物は
永く人々の生活を支えてきました。
確かな強さと手作りのあたたかさをもつ鋳物は、
あなたの日常に寄り添い続けます。
しずおか鋳物とは
静岡では、江戸時代・徳川家康公の頃に、
盛んに鋳物づくりが行われていました。
さらに徳川家康公の隠居後である大御所時代には、
権力の象徴として、城下町・駿河の地で
「駿河小判」をはじめとする貨幣が鋳造されていました。
「しずおか鋳物」とは、その静岡の鋳物づくりを
受け継いだ鋳物のことをいいます。
残念ながらその後、江戸幕府が倒れ、多くの鋳物師が
職を失うこととなってしまいました。
その後明治の時代に入り、初代栗田重太郎が
1890年(明治23年)に「栗田産業」を創業してから
130年以上、鋳物の歴史を築いてきました。
そして、今に至ります。
“鋳物のまち”として歴史あるこの静岡の地で、
鋳物文化を絶やしてはいけない。
わたしたち「栗田産業(KURITA)」は、
そんな想いをもちながら、
日々鋳物づくりにあたっています。
いつか静岡の名産品として、
「しずおか鋳物」が挙がるように…
なぜわたしたちは「重太郎」と名付けたのか
栗田産業(KURITA)の創業は明治23年。
創業者・栗田重太郎は、
幼くして両親を亡くし、
7歳で東京の鋳物屋へ奉公に出ました。
厳しい環境のなかでも、技術を身につけ、
18歳で故郷・静岡へ戻ると、
自ら「栗田鋳造所」を創業します。
その後は鋳物づくりに励むだけでなく、
鋳物組合の設立にも尽力。
自ら培った技術を地域へ広げ、
静岡の鋳物産業の発展に大きく貢献しました。
わたしたちは創業から130年以上が経った今も、
創業者・栗田重太郎が大切にした
「鋳物を通じて地域や人々の暮らしに貢献する」という考え方を受け継いでいます。
ブランド名の「重太郎」は、そんな創業者の名前に由来しています。
130年以上受け継がれてきたものづくりの精神とともに、
これからも静岡の鋳物の魅力を届けていきます。
魂が込められた職人の手仕事
職人の手で、一つひとつ丁寧につくり上げる重太郎の錫製品。鋳造(ちゅうぞう)の工程はまず型づくりから。そこへ溶かした錫を流し込み、冷え固まった錫を磨いていきます。手仕事にこだわるのは、機械任せにできない技術が職人に宿っているから。自然に生まれる細やかな凹凸や、手で整えられた繊細な縁のかたちーー。手仕事の器を持つ喜びがつまっています。
世界中で愛されてきた「錫」
錫(すず)は、1000年以上前から使われてきた金属。白銀色のやさしい輝きを放ち、比較的やわらかいため、世界中さまざまなかたちで活用されてきました。日本では江戸時代頃から使われはじめ、当時、水を腐りにくくする目的で、水がめに入れられていたほど。錆びにくく毒性がないため、現代でも食器や酒器として人々に親しまれています。器としての魅力はもちろん、錫のイオン効果によって、注いだお茶やお酒の味はまろやかに。熱伝導率も高く、冷たい飲みものを注ぐことで、器全体がすぐに冷えるのも魅力のひとつ。花瓶として活用することで、花が長持ちするともいわれてます。